姫野カオルコ 『ツ、イ、ラ、ク』 角川文庫 ★★★★ 狡く痛い中学時代
第七章 道草(P.431)あのころほど、男が男そのものであり、女が女そのものである時期はない。男が女に対する、女が男に対する欲望が、もっとも正確に、もっともそのままのかたちで、遠慮会釈なく表面に出る時期。化粧もアクセサリーも洋服も靴も時計も車も会社名も、その人間をラッピングしてはくれない。髪型でさえ校則規定があった。アルコールもインテリアも音楽も、雰囲気をラッピングしてくれない。DNAの出所と分散である親きょうだいの顔や職業、住んでいる家の大きさや建ち具合まで剥き出しだった。実寸で、男は女を、女は男を、見ていたのである。思えばじつに中学校とは残酷な場所である。
おもに中学時代の落ちてしまった恋について、けっして純粋だったり、甘酸っぱかったり、きれいなものじゃなく(むしろその逆で)、恋という得体の知れないものにじたばたする姿を描く。
文庫で500ページ超の長い小説だけど、状況や周囲の人物もリアルで、誰もが自分の中学時代を透かしてみてしまうような小説で、正直痛い。
誰もヒーローでもヒロインでもなく、主人公もたまたま主人公になってしまっただけと思わせるほど、他の登場人物の描き込もすごい。中学時代だけじゃなく、小学2年から34歳までを書く構成のうまさに感心する。
こういう群像劇を書かせたらやっぱり姫野カオルコだね。
ところで最後の会社のモデルは富士通?


